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さっきまでチャットしてた

こんな時間にチャットやってていいのかと言えば悪いんだけど、こんな時間に日本語でチャットできる場所がある方が悪い、と八つ当たりしても時間は戻ってこないんですが。多分そのせいで目が痛い。画面の見過ぎは目が死ぬ。死ぬって言葉はなるべく使いたくないというか避けたいけど、眠くて色々変なこと書きそうだ。言い訳くさすぎ。

昨日は身近な人が死ぬかもしれなくて、でも半日くらい寝ていて起きたら無事だったので安心した。心配しすぎて(振り返るとかなり)挙動不審だったのに、眠たいと感じたらもうその次は夜で布団が被せてあった。何があっても睡眠時間は削れないようだけど、それは今の私には不便なことの1位になってる。楽しいことがあれば起きていられるのかな。誰でもいつかは死ぬんだったら、誰かがより長く生きることに喜ぶのって少し変じゃない?それは一度病気にかかったら自分にできるだけのことをして手術なんてしなくてもいいって事?人が一度死にたいって言ったらそのまま放置するってそれが最善なの?小学校でやった道徳の授業みたい。架空の場面を作ってそれの意見を生徒(じゃなくて児童だっけ)に言わせるの。ああいうのを高学年でやってもあまり意味がないように感じるけど。あれって各教師が自分の考えを植え付けてる感じを特に持った授業だった。作文嫌いな私がその授業自体も嫌いだけだっただけかもしれない。何かの意見を書かせる授業はでたらめが一番いい授業という偏見がある。嘘をついても怒られない授業。

ああ、ほんとぐちゃぐちゃな文になってるけど、今の私じゃ多分思ってることの半分も書けてないけど、「私は馬鹿だ」っていうこの発言から色々勘ぐってくれれば他は気にしないでいいと思いますです、ええ。

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